2008年11月3日

政治






良い、悪い、ではなく、日本には政治がない。
政治をとらえる文化がない。


publicという概念がないのかもしれない。
長くpublic=国家だった日本で、「国家」という大きな物語が崩れた今、そこに残るものはなにだろう。
ちなみに、インターネットの登場でアメリカではBlogを通じた個人ジャーナリズムがテレビニューズよりも影響力を持つこともあるくらいインターネットでpublicな議論が巻き起こっている。
obama氏はYouTubeやFacebook、MySpace、twitterなどを使って国民の意見を集めたりしている。

明日は大統領選挙です。
それにしてもこの映像はよくできてるなー。

2 コメント:

裕子 さんのコメント...

オバマ、よく言われてることだけど、やっぱり言葉の選び方、使い方がすごいと思う。

言葉がリズムそのものであり、詩そのものであるとき、そこは強烈な磁場となるんだねえ。

アップしてくれた映像も、オバマの演説やpolicyと音楽、詩との親和性・強いメッセージ性を示すものでもあるね。

んで、日本におけるpublic‥どうなんだろうね、publicの意識のされかたというのは、会社に行くのでスーツを着る、くらいの表層的なスイッチングでしかないような気もする。

「私の/私たちの意見」なんて、大半は、テレビのコメンテーターにささやかに投影する程度なのでは?
だけど、巻き髪の盛り方とか、ガンダムの変遷については熱く語れるギャルやおたくがこんなにいるんだから、「私はこう思う」の方向を変えれば、政治についても議論していけるんじゃないかなー。

私、を尊重される教育や、個々人のprivateな感情という点を線につないでいくリーダーの存在が必要だろうね。

おもしろいテーマなので長々と書いてしまいました。

★ゆらら★

kazeto さんのコメント...

コメントありがとうございます!

そうですね、Obama氏の言葉はある種とても芸術的で、有名な政治家は往々にしてその傾向がありますもんね。

かつてプラトンは政治を行うべき哲人に、音楽の勉強をも必須としましたが、それは聴衆に訴えるリズム感みたいなものがやはり大事だと知っていたのでしょうね。


>だけど、巻き髪の盛り方とか、ガンダムの変遷については熱く語れるギャルやおたくがこんなにいるんだから、「私はこう思う」の方向を変えれば、政治についても議論していけるんじゃないかなー。

これがいわゆる「公共的」というものに果たして接続するか、というのが問題ですよね。
僕はこういうコミュニケーションは、それぞれのコミュニティで<ネタ>として消費されるコミュニケーションツールでしかなくなっているのではないかと思っています。
だから民主主義的なプロセスに接続する形でそれを活かすのはもはや結構難しいのではないかと。
でもだからといって大塚英二さんみたいに憲法を語って公共性を獲得させようとしたり、宮台真司さんみたいに天皇やアジア主義というかたちで島宇宙化したコミュニティの流動性に歯止めをかけようとする、いわゆる決断主義でつくろうとするのも難しいと。
東浩紀さんが言うようにそれをアーキテクトで解決するという方法も面白いけど、現実的な問題に対応できるかということを考えるとそれも難しそう、と。

うーん、とにかく難しい問題ですよね。。。
僕も長く書いてしまいました。笑