2018年5月4日金曜日

絵本『10才のころ、ぼくは考えた。』(福音館書店)





https://www.amazon.co.jp/10%E6%89%8D%E3%81%AE%E3%81%93%E3%82%8D%E3%80%81%E3%81%BC%E3%81%8F%E3%81%AF%E8%80%83%E3%81%88%E3%81%9F%E3%80%82-%E6%9C%88%E5%88%8A%E3%81%9F%E3%81%8F%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AE%E3%81%B5%E3%81%97%E3%81%8E2018%E5%B9%B46%E6%9C%88%E5%8F%B7-%E4%B8%8B%E8%A5%BF%E9%A2%A8%E6%BE%84/dp/B07BZ3L77S/ref=zg_bs_492380_2?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=9BXQ08J0E3PSJ8MF0N54

はじめて執筆した絵本『10才のころ、ぼくは考えた。』(福音館書店)が発売されました! 何かを「考えよう」とするすべての子どもたちへ。そして、考えて生きることの喜びも悲しみも知った大人たちへ。多くの人に届くと嬉しいです。
http://amzn.to/2HngT2h 

下記、出版社(福音館書店)に掲載されている説明です。
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若き哲学者による少年時代の思考の回想記。生とは? 死とは? ぼく/わたしとは? だれしもが出会い、いつしか忘れてしまう根源的な問いに、ひとり手探りでむかった。自然科学ではこたえてくれない“なぜ”の入り口に立つ小学生の子どもたちに、「考える」ことの可能性をとどけます。「哲学」は、生きることの意味を永遠に問い続ける学問です。 

読んであげるなら ― 

自分で読むなら 小学中学年から 

下西 風澄 文 / 浅井 美紀 写真

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2015年10月10日土曜日

「纏われる心 Weared Mind ―モノと心の再縫合―」



8月25日フィルムアート社から発売された『ファッションは更新できるのか?会議』という本に、「纏われる心―モノと心の再縫合」という論考を書きました。

本自体は、ファッションに関する論考が並んでいますが、僕の論考にはブランド名さえ出てきません。代わりに、「ソクラテス」と「琵琶法師」のファッションを分析する、という思い切った文章を書きました。

なぜソクラテスは自分の外見を気にしなかったか、なぜ琵琶法師の衣服は神秘性を持ったのか?ファッションが制度化する以前の、純粋な「衣服を纏う」ことの意味について考えてみたものです。

テーマの中で自由に書かせてもらったので、実質的には「ソクラテスと琵琶法師の身体論」といったところです。この二人を比較することで、西洋と東洋の思想的な違いを浮かび上がらせることができたら面白いのではないかと書いたもので、なかなか見ない文章になっているのではないかと思います。

少しだけ、冒頭の文章を紹介しますので、気になった方はぜひ書店で手にとって見てください。

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いままで精神も徳も、百度も千度も試みては、誤った。そうだ、人間とは試みだったのだ。ああ、多くの無知と誤りが、わたしたちの身体となった! 
『ツァラトゥストラはこう言った』フリードリヒ・ニーチェ


 神話の時代、人は世界全体を衣服のように纏っていた。科学史家モリス・バーマンはそう指摘している。人々の心は自然や神と一体であり、「自己」という感覚は果てしなく希薄であった。湧き上がる意志や感情は取り憑いた神の指令であり、戦争は神々の争いの代理戦争であった。「魂(プシュケー)」は、純粋な精神であるよりは血や肉に近い言葉であり、また時には大地を吹く風(プネウマ)のようなものであった。 
 おそらく、神や自然から人間を切り離した最初の人物が、紀元前5世紀に登場した哲学者ソクラテスであり、ここに決定的な人間と自然の分離を促進したのが17世紀の科学革命である。歴史を通じて徐々に切り離された人間と世界、心とモノ。裁断されたこの心とモノの関係を再縫合することはできないか。人間と世界のまさに境界、インターフェイスとしての衣服、そして衣服を超えたファッションというテーマに向かって、あえてファッション論の外側から考えたい。本稿はそのために、「ソクラテス」と「琵琶法師」のファッションを分析する、という少し変わったアプローチを実験してみようと思う。

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Fashionsnapさんの紹介記事はこちら

よろしくお願いします!


2014年3月10日月曜日

終わらない心、あるいは自然



昨年行われた、独立研究者の森田真生さんと哲学者の國分功一郎さんの対談レポートエッセイを書きました。写真は新津保建秀さんです。記事が公開されたので、ぜひご覧ください。

「終わらない心、あるいは自然」 
http://suiohsha.jp/report/cl131013.html



2013年3月13日水曜日

『なめらかな社会とその敵』をもっと理解するための10冊。


鈴木健さんの近著『なめらかな社会とその敵』の5刷が決まったようです。
勁草書房の歴史では、浅田彰氏の『構造と力』以来の売れ行きだそうです。

このブログでも「思想の散種」の一貫として書評を書きましたが、そろそろみなさん手にとって読まれた方も多いと思いますので、本書をより深く理解するためにオススメの本を10冊ほどあげてみました。

民主主義、メディア論、認知科学、哲学、など幅広い領域に関わる本書を理解するには、どこかの専門分野を勉強するというよりも、ある方向を目指した「思考の型」を共有しているような本を読むことが理解の鍵のような気がします。

そこで、あくまで個人的なオススメですが、以下に10冊ほど挙げてみたいと思います。
※僕自身の関心領域である生命論・科学史あたりが中心になっています。他にも数学や経済学、あるいは政治思想の領域にも関連する書籍があると思います。それぞれの分野の方にオススメの本をあげてもらうと、より本書を楽しめるのではないかと思います。




1.『現れる存在―脳と身体と世界の再統合』(NTT出版,2012)
アンディ・クラーク 池上 高志 森本 元太郎  


・アメリカの認知科学や心の哲学周辺で活躍する哲学者Andy.Clarkの邦訳書。人工知能やロボティクスの研究を通じて、人間の心が脳だけでなく身体や環境に依存していることを明らかにしていく、この分野の入門にして先端の書。
・本書の第三章『心と世界−移ろう境界』は、鈴木健氏が翻訳を担当している。「心は漏れ出しやすい組織である。絶えず「自然な」境界を抜けだして、臆面もなく身体や世界と混じりあってしまう。」と始まる本章は、鈴木氏の文体と思想の土壌を垣間見ることができる。




2.『動きが生命をつくる―生命と意識への構成論的アプローチ』(青土社,2007)
池上 高志 


・複雑系の分野を切り開き続ける物理学者、池上高志氏の研究と思想をまとめた一冊。主にコンピュータシミュレーションの実験と力学系の理論を通じて、構成的に生命と意識を探る必読の一冊。
・鈴木健氏は、本書の著者である池上高志氏の研究室出身である。鈴木氏の理論的バックボーンに複雑系の思想があることも踏まえて、本書は大きな手がかりになると思われる。




3.『オートポイエーシス―生命システムとはなにか』(国文社,1991)
H.R. マトゥラーナ F.J. ヴァレラ, 河本 英夫  


・1970年代初頭に生物学者マトゥラーナ、ヴァレラによって提唱され、その後社会学者ニクラス・ルーマンによって世に知れ渡り、思想界にまで議論が波及した異端の生命論。自己複製や進化を中心とした生命理解ではなく、「境界」の問題を生命理解の中心に置いた。
・『なめらかな社会とその敵』では、本書が提案する「オートポイエーシス理論」をベースに議論が展開されている。「境界とは何か」という問題に対する核心をついた本書は、やや難解ではあるが、ひとつの歴史を作ったと言ってよいほどの隠れた影響力を持つ。




4.『身体化された心―仏教思想からのエナクティブ・アプローチ』(工作舎,2001)
フランシスコ ヴァレラ エレノア ロッシュ , エヴァン トンプソン , 田中 靖夫  


・『オートポイエーシス』の著者でもあるフランシスコ・ヴァレラの書いた新しい認知科学の方法論を提供する一冊。第三人称的記述と第一人称的な記述を、神経科学と現象学を相互制約的に活用することで架橋しようとする挑戦的な書。また、その方法論と思想的背景に仏教を用いるという極めてラディカルでスリリングな一冊。
・『なめらかな社会とその敵』は、単に社会システムを技術によって更新するだけではなく、そのことによって社会システムを環境とする人間を拡張しようとする試みでもある。本書は人間の経験が生物学的・認知的なレベルでどのように構成されるかを提供し、またそれが仏教的な思想に近づく可能性を示唆する。「なめらかな社会は“仏教哲学のひとつの実装形態”かもしれない」と言う鈴木氏のイメージをリアルにするだろう。




5.『建築する身体―人間を超えていくために』(春秋社,2004)
荒川 修作 マドリン ギンズ Madeline Gins 河本 英夫  


・建築家・芸術家、荒川修作の代表的著作。「人間は死なない」と言い続けた荒川修作は、まさに新しい生命、新しい身体を「建築」しようとした人物であった。本書はほとんどの文章が独自の術語で書かれており、まともに読むのは難しい。しかし、本書に触れつつ、何より実際の建築物である《三鷹天命反転住宅》や《養老天命反転地》に行くことをオススメする。
(荒川修作については、書評第Ⅳ部と、住宅に住んだ際の日記などを参照して頂ければ。)
・建築とは、建物のことではないというのが本書のテーマである。建築とは生命が自分自身を構成する働きのことである。そのインターフェイスが身体であり、衣服であり、建物であり、情報環境であり、社会システムである。『なめらかな社会とその敵』はその意味において「生命にとって建築とは何か」が隠れたテーマであり、本書とはその根底において深くつながっている。




6.『思想としてのパソコン』(NTT出版,1997)
西垣 通 フィリップ ケオー A.M. チューリング ダグラス・C. エンゲルバート テリー ウィノグラード ヴァネヴァー ブッシュ J.C.R. リックライダー テッド ネルソン 

・コンピュータ/WWWの黎明期における創始者たちの設計思想を集めた論文集。冒頭には西垣通氏の解説が収録されている。コンピュータだけで知能を実現するAI(Artificial Intelligence)から、人間の知能を増幅するものとしてのコンピュータ=IA(intelligence amplifier)へ、というテーゼが示されている。
・新しい技術の持つ設計思想がいかに人間や社会を変えていくかという観点から言えば、本書は『なめらかな社会とその敵』ともっとも親和性が高い本かもしれない。本書に収録されたチューリングやブッシュ、エンゲルハートらの著書への影響はとても大きいと思われる。




7.『グーテンベルクの銀河系―活字人間の形成』(みすず書房,1986)
マーシャル マクルーハン森 常治  


・言わずと知れたメデイア論の古典的名著。活版印刷技術が西欧近代の形成に果たした役割の分析を通じて、新たなメデイアの登場が私たちの身体性、そして社会システムを変えてしまうことを明らかにする。アカデミックな批判を受けることもあるが、その批評性と想像力は現在もひときわ目立つ。
・「なめらかな社会」を実現するために、著者は「300年くらいかけてやりましょう。」というメッセージを発しているが、それは15世紀における活版印刷の発明から、市民社会の形成までの歴史も念頭に置いている。新しいメデイアが時間をかけて、身体性と社会を変えてしまうことへのリアリティが本書によって増すはずである。





8.『ised 情報社会の倫理と設計 設計篇』(河出書房新社,2010
東 浩紀 , 濱野 智史  


・思想家、東浩紀氏を中心とした国際大学GLOCOMでの研究会の記録。プログラマーやIT企業経営者などの情報社会の設計者たちと、法学者や社会学者らの情報社会の分析者たちの協働討議。インターネットや情報技術の問題や可能性を先駆的に議論している。合わせて『倫理篇』もオススメ。
・鈴木健氏はこの研究会のサブ司会も担当。「なめらかな社会」についてのプレゼンテーションや、様々な議論が収録されている。「鈴木健の構想は宗教に他ならない。」という法学者の指摘に、「生態環境を根底から書き換える意味で、むしろ生態学的。」と応える鈴木氏など熱い議論を見ることができる。




9.『デカルトからベイトソンへ―世界の再魔術化』(国文社,1989)
モリス・バーマン 柴田 元幸 


・17世紀のヨーロッパで起こった科学革命、あるいはデカルト的哲学によって、人間と自然の関係が決定的に変わってしまった。人間と自然が分離せずに共に生きていた「魔術的世界」が近代科学によって追放されてしまった現在、G.ベイトソンなどに見出される新たな科学的認識論によって世界を「再魔術化」することは可能かを問うた。
・本書との関係は書評第Ⅲ部に詳しく書いたので、そちらを参照してもらいたい。





10.『異邦人』(新潮社,1963)
カミュ 窪田 啓作  


・サルトルによって絶賛され、若干43歳でノーベル賞を受賞したフランスの小説家・劇作家アルベール・カミュの出世作。母を亡くした主人公ムルソーが巻き込まれた不運の事故とその裁判を巡る物語。
・「この複雑な世界を、複雑なまま生きることはできないのだろうか。」と始まる『なめらかな社会とその敵』の最初の扉文にはカミュの文章が掲載されている。まさに、この主人公ムルソーは「複雑な世界を、複雑なまま」生きようとした人物そのものであり、そしてそれが叶わない社会に生きた人間であった。
(本書は小説であるし、直接的に著書に関係するわけではないが、「複雑な世界を、単純化して生きてしまわざるを得ない人間。」のイメージが、この物語の中に実に生々しく描かれているため、オススメしておく。)





以上で、オススメの10冊は終わりである。

ここに挙げた10冊のうち、何冊かは著書の中でも直接言及され参考文献にも載っているが、それ以外のものも、極めて本書と関わりが深いと思われる。
同時に、これらの本は生命論や科学史においてではあるが、現代においてどれも非常に重要な著作たちである。その意味でも、これらの多くの思想の影響を受けながらそれをオリジナルな方法で紡ぎ上げている『なめらかな社会とその敵』は、たしかにこれからの時代にひとつの指針を投げかけている一冊ではないだろうか。

僕が未読であったり、専門外であって著書と関係するものも多い。
とりわけ、カール・シュミット『政治的なものの概念 』、岩井克人『貨幣論』 、カール・ポパー『開かれた社会とその敵 』、あるいはジョン・ロックやクレッグイーガンらの著作は、挙げておいたほうがよいかもしれない。


簡単ではあったが、これらの本が読まれ、より深く著書に迫るきっかけになれば嬉しい。




(追記 : 03/17)
この選書は、2013.4.7〜5.14まで、紀伊國屋書店新宿南店にて、ブックフェアとして書評・解説のリーフレットとともに展示して頂きました。
多くの方に見て頂いたとのことで、みなさまありがとうございました。



絵本『10才のころ、ぼくは考えた。』(福音館書店)

はじめて執筆した絵本『10才のころ、ぼくは考えた。』(福音館書店)が発売されました! 何かを「考えよう」とするすべての子どもたちへ。そして、考えて生きることの喜びも悲しみも知った大人たちへ。多くの人に届くと嬉しいです。 http://amzn.to/2HngT2h...